何がきっかけになるかなんて分らないもの。




 即席愛




 チャンスは何度もあった。

 私は彼と同じクラスだったし、ましてや席は隣だ。何気ない言葉も交わした。
 私さえその気になればいくらでも渡すことはできたはずだ。
 だがしかし。

 後一歩が、踏み出せないものだったりする。

(…どうしようかなあ…)

 思わずため息を零して机に置いた小さい小包み――実はプレゼントだったりする――を睨みつける。

(………どうしろってのよ)

 何度も何度も同じことを考えた。
 このままなかったことにして食べてしまおうか。それともゴミ箱に捨ててしまおうか。 
 それともそれとも、そっと彼の机に忍ばして、気づいてくれることをひたすら願ってみようか。
 だけど、どれも腑に落ちないのだ。
 だってせっかくなけなしの勇気を振り絞ったのに。
 このままじゃ必死でかき集めた勇気がかわいそすぎる。




 実は今日は私の、好きな人の誕生日だったりする。

 顔がやけに格好良くて性格なんかも優しくて、ましてやテニス部のレギュラーの彼は、朝から山ほどのプレゼントを受け取っていた。(主に、女の子から)
 私も今か今かとバッグにこれを忍ばせ、渡す機会を狙っていたのだけれど。
 ………人一倍照れやで小心者の私には、渡すことは出来なかった。こんな女の子らしくピンクのリボンつけたプレゼントなんていかにも告白って感じじゃないか! いや、実際する気はあったの。だって私は彼のことを一年も想っていたのだからそろそろケリをつける時期だ。上手くいくなんて口が裂けてもいえない可能性だけど、いい加減振られてすっきりとこの思いを始末したいのだ。頭ではわかってる。私は今日彼に気持ちを伝え、新しい恋をしようと。

 でも、ここぞってときに変なプライドが邪魔をして出来ないものなんだって嫌って言うほど思い知った。
 私はいつだって、自分に甘いのだ。
 傷つくのが恐くて、一方的な片思いがつらくてこの恋から逃げたくて告白を決心したのに、いざとなったらそれからも逃げるのだ。私はこんなにも辛いというのにまだ、この恋をなくしたくない。


(……ほんとに自分で食べようかな)


 小さい箱に入ったその中身は、ショートケーキ。もちろんホールなんて持ってこれないから食べやすいようにカットした。料理があまり得意でない私は、昨日深夜2時まで頑張って作ったのだ。試作も味見も何回もしてやっと美味しくできた苦心の傑作だ。(自分で言うのもなんだけど)
 …やっぱり、食べてもらえないのは悲しいかなあ。

 ごろごろと手で形を確かめるように箱をなぞる。
 ああ、そう言えばラッピングも無駄に時間をかけたんだ。メッセージカードまでつけちゃってるあたり私も可愛らしいじゃない。

 はぁっとプレゼントを握り締めたまま、机に俯せた瞬間、ドアがガラリと開く音が聞えた。











「あれ?じゃん。まだ残ってたの?」









 聞きなれた声に振り返ってみると。

 悩みの種。
 ―――佐伯くん。





「さ、佐伯くん…!?」 
「うん?」
「や、いや別に何でもない、よ?」
「あはは。訳わかんないよそれ」

 私は慌ててプレゼントを机の中に隠した。


 彼の姿を見た瞬間心臓がうるさく高鳴って。
 彼の声なんて右から左に抜けていって、自分でも何を言ってるかなんてわからなかった。

 だって、こんなの急すぎる…!!


「ていうかどうしたの? 部活とかやってないだろ?」

 彼は私の隣の席(そこは彼の席なのだけど)から、ノートを取り出して「俺はこれ忘れちゃってさ」と言った。私は「…そう」としか言えなかった。自分でもなんてつまらない返事なんだろうと思う。
 だけれども、心の準備が出来てないうちに、彼がきてしまったのだから、気の利いた返事なんてできるわけがないじゃない。頭が追いつかない。何を喋ればいいのかわからないの。

?」

 彼は俯いたまま何も言わない私を心配そうに覗き込んだ。
 待って待って待って。今目があったら泣きそうだから。あなたの前でそんな醜い顔見せたくないの。  お願いお願い。お願い、そのままそっとしておいて。

?」
「あ、ううん。何でもないの」


 有り得ない程に上ずった声。
 勘のいい彼はきっと変に思っただろう。
 頭ではわかってるの。これはチャンスだって。
 神様が意気地のない私のために用意してくれたプレゼントなんだって。

 だけど、やっぱり私には告白する勇気も、この気持ちを捨てる勇気もないんだ。



「そう? それならそれで、いいんだけどさ」

 彼は頭を欠きながら不思議顔で言った。
 今はそんな些細な仕草にも敏感に反応してしまって。
 もう、この場所にはいられないって思った。

「じゃ、佐伯くん。私そろそろ帰るね!!」






 彼の私を呼ぶ声が聞えたけど、私は振り向かなかった。
 普通に接せる自信なんてなかったから。
 勝手に泣いてわめいて困らせるのなんて死んでもいやだったから。
 もう無理なことかもしれないけれど、彼には。


 ――――佐伯くんだけには嫌われたくなかったの。









 翌日、休みたいって駄々をこねる私にお母さんは「行きなさい」の一言。
 熱があるだの頭が痛いだのお腹が痛いだの、色々言ってみたもののてんで相手にしてもらえなかった。  もっと娘を信用しなさいよ。(どうせ嘘だけどさ)

 ドキドキしながら教室のドアを開けたら、―――そこに彼の姿はなく―――いつも通りの情景。
 私は友人達に軽く挨拶をし、自分の席へと座った。とりあえず置き勉している教科書とノートを机の引き出しから出そうとしたところで、はた、と気が付いた。

(……え、プレゼント……?)

 何度手を入れて確かめてみてもそこには置き勉道具しかない。
 一応、鞄も勢いよく開けて確かめてみたけど、そこには何もなかった。

 え、嘘でしょ。何それありえない!!

 私は朝から泣き出しそうだった。
 だって、家にもって帰った覚えはない。そして、昨日学校に持っていったことは確かなのだ。
 放課後、ここで一人途方にくれていて、食べてしまおうか捨てようか悩んだのだから。

 ちょっと、待って。

 私、あの後佐伯くんにあった。それで慌てて机の中にしまった。
 そう、彼はあのプレゼントを知らない。ってことは。ねえほんと誰?!
 私は誰にも昨日佐伯くんに誕生日プレゼントを渡そうとしたことを喋っていない。
 誰も知るはずないのだ。っていうか、机の中に入れていたのだから絶対ここにあるはずなんだ!

 まずい。凄くまずい。
 だって、あの中には"好きです"と書いたカードと。佐伯くんの名前と。
 ……私の、なまえが。


 私は何をすればいいのか見当もつかなく、泣きそうになりながら、教室の片隅のゴミ箱を除いてみた。あるわけないとわかっていたが、何かしないと落ち着かない。嗚呼だって。気が狂いそう!!


「あ、おはよ」
「!!」

 そこでドアががらりと開いて、そこには。
 タイミング悪く佐伯くんがいた。

「何ゴミ箱の中覗き込んでるんだよ?」

 佐伯くんはおかしそうに目を細めて笑いながら言った。
 この様子だと、佐伯くんはきっと。知らない。
 そもそも、佐伯くんが勝手に女の子の机の中荒らすはずない。

「えーっと、ちょっと探し物」
「何探してるの?」
「あ、いやあ…」

 さすがにそんなことは言えるはずもなく、答えに詰まっていると、後ろから

「サエー。がお前のこと好きだってよー」

 って、男子の嫌な声がした。
 頭の中が真っ白になった。



「何言ってるんだよ」

 佐伯くんのちょっと怒った声に対し、男子の一人が「だってコイツコレ渡そうとしたんだぜ?」って、佐伯くんの前に差し出した。……昨日私が渡そうとしたピンクのリボンのプレゼントだ。

 嗚呼、もうほんと、最悪。
 男子って幼稚だから嫌いよ!!


 佐伯くんは目を丸くさせながらそれを受け取って、まだ事態が把握できてない様子で「え?」と私の方をちらりと見やった。私は恥ずかしさと、悔しさと、怒りとか色んな感情で顔を上げることはできなかったんだけど、なんとなく雰囲気で彼がこちらを向いたことがわかった。


「どうすんのーサエー?」
「付き合ってやるのかよー」
「ちょっと男子止めなさいよ! が可哀相じゃない!」
「うっせーよ。関係ねえだろ?」
「あんたたちの方がもっと関係ないわよ!」

 きっとあまりの事態に見かねてくれたのだろう。
 友達の沙耶ちゃんが中に入ってくれた。
 だけど、今はそんな彼女の心使いも悲しくて悔しくてならない。


 私は何も言えずにただ涙をこらえようと下唇をかんで俯いていた。



「………お前らバカじゃねーの?」



 あまりにも冷たい声がして、ハッと顔を上げてみたらその声の主は佐伯くんで。
 いつもの温厚な彼と想像がつかないほど怒っていた。


「ていうか幼稚すぎ。彼女困ってるし。俺も訳わかんねーから」
「あー、っと…わ、ワリィサエ」
「俺じゃなくてお前が謝んなきゃなんねーのはだろ」

 そこで途端に謝る男子達。
 佐伯くんが、そんな風に私を庇ってくれたのは嬉しかった。
 だけど。


 ――――俺も訳わかんねーから。


 彼がわからないのは当たり前で、ここで私を庇ってくれた彼を攻めるのはお門違いだけど。
 なんだか、凄く悲しかったんだ。


「あ、もう…うん。いいの…」
大丈夫?」
「うん、ありがと…」

 ほんと、居心地悪い。
 気持ち悪い。この空気。

「わ、私ちょっとトイレ行ってくるね」


 そう言って、教室を飛び出した。








 走っているうちに涙がどんどん溢れてきて。
 何が悲しいのかもわからなくなってきて。
 なんだか、彼を好きになったことも悪いことのように思えてきて。

 ―――――やるせなかった。




!」
「な、何で追いかけてくるのよー!」
「ちょっと、待ってって!」
「いや!もうこないでってば!」

 気が付いたら後ろから佐伯くんが追いかけてきて
 何がなんだかわからなくてただひたすら走り続けた。
 っていうか、何で佐伯君追いかけてくるのよ、ほんとに!
 泣いてる顔なんて見せれるわけないじゃない!
 もっとちゃんと気を使ってよ!


ってば!」
「だから、追いかけてこないで!」

 こないでって言ってるのに佐伯くんはどんどん距離を縮めてくる。
 一応私も陸上部のエースなんてやっちゃってるけど、男の子。しかも相手はテニス部レギュラーに勝てるわけないじゃない。

 腕をぐいって引っ張られて、追いつかれて、しまった。



「……、足はやすぎ…」


 項垂れて言う彼に私は「…そっちこそ」とだけ言った。
 泣き顔で(追いかけっこしてるうちに涙なんて引っ込んだわよ)、しかも全力した後の顔なんて見せれるはずもなく、私はそっぽを向いた。

 佐伯くんは呼吸一つ乱してなくて、"余裕"って奴を見せ付けられた気がして、ちょっと悔しかった。


「えっと、なんかごめんな?」
「…なんで佐伯くんが謝るの」
「え、いやだって、…ああそういえば俺謝る必要ないか」
「…何それ」

 ちょっとふきだす。
 だって本当に真っ直ぐだよなあって思うんだこーゆーとこ。

「……っていうか、さ。」


 少し言いよどむ彼になんとなく次の言葉が思い浮かんで。
 私は覚悟を決めた。(だってここまで来たら恐いものはないでしょう)

「私好きだよ。佐伯くん」

 明らかに心臓が早くなった。
 さっき走ったときよりもずっと早く。
 昨日彼が現れたときよりもずっと早く。

 だけど、不思議と落ち着いて、彼に気持ちを伝えることができた。


「………マジで?」
「うん」

 にっこり笑って、振り返ってみれば真っ赤な顔をして固まっている彼がいた。
 ………私の、顔も真っ赤だ。



「と、とりあえず教室戻る?」
「そ、そだね…」



 挙動不信気にお互い来た道をユーターンして、私たちは並んで教室へと戻っていく。


「…なんかさ」
「うん」
「私ら、かなり恥ずかしいよねこれ…」
「ああ、みんな見てるしな…」



 あれだけ派手な追いかけっこをした私たちはこの狭い校内じゃとても目立ってしまっていて。
 さっきとはちょっと違う意味で居心地が悪い。
 だけど、不思議と嫌な感じがしないのはきっと。






「なあ、
「はい?」




「俺も、好きだから」





 あなた効果だと、私は思うわけです。