「仁王はさ、どうせあたしに関心ないんだよ」

 ついさっきまで昨日のドラマの主人公のかっこよさについて熱く語り合っていた友達が、 突然暗い顔でとっても大きいため息を吐きながら彼氏についてそう零したら、あなたならどうしますか?





 ひとりよがりな僕だけど





 さっきまで「ほんとにきゅんとしたよね!」って一緒にきゃぁきゃぁ騒いでいたのが嘘みたいなローテンションで 物思いにふける彼女の横顔を見ながら、私はよくもここまで感情の切り替えがうまくできるなぁなんて場違いなことを考えてしまう。 いくら私と彼女の付き合いが長いからって、さすがにそんなことを言ったら怒られてしまうのは目に見えているのであえて口に出したりはしないけど、 やっぱり器用だなぁと感心してしまったり。乙女心は秋の空。うん。ほんとに名言だ。

 あ、またでっかいため息ついた。


「もう何考えてんのかほんとにわかんない」
「うーん。仁王くんは難しそうだよねぇ」
「もうあの人詐欺師に就職すればいんだよ。天職だよ。それ以外道ないよ」
「あー…(確かに似合うなぁ)」

 親友が仁王くんの彼女だから私は無駄に仁王くんについて嫌でも知ってしまっているけど (仁王くんは意外にお笑いが好きらしい)(すごいクールなイメージだから本当にびっくりした)、 実は、私自身は彼と話をしたことなんか数えるほどしかない。 だから、あんまり役立つアドバイスはできないんだけど話を聞いてあげるくらいは私でもできる。 友達の力になりたいって思うのは、当然のことでしょ?
 でも。でもね……?


「だって普通彼女いたら他の女と会う必要なくない?」
「…まぁだってあの仁王くんだし」
「別にね、女友達と遊ぶくらいは全然いんだよ?」
「うん」
「あたしだってクラスの男子とかとカラオケ行ったりするしさ?」
「うん、行くね」
「でも仁王は違うの! ただ遊ぶだけじゃないし!」
「……まぁだってあの仁王くんだしね」
「普通にカラオケとかじゃだめなの?
 健全な遊びが世の中にはたくさんあるじゃん!!」
「…………まぁ仁王くんだしね」

「その一言で納得しちゃう自分がいるのも嫌なの!」


 そう叫んだ途端ものすごい勢いで机に突っ伏す彼女の頭をよしよしと撫でながら、 仁王くんって私たちと同い年とはとても思えないと改めて私は考える。 一枚も二枚もむしろ三枚だって上手な彼は本当に中学生なのだろうか。
 ………ごめん、どう考えてもありえない。
 実はもっと年上なんだけど何か事情があって中学生まで学年を落としてるとか、例えば病気とか。例えばずっと外国暮らしで日本の勉強はしていなかったからとか。いやいやでもな……。 私がそんなくだらないことを真剣にあーでもないこーでもないと考えているなんて知りもしない彼女は、 まるで叫ぶような大声を出して私の思考を中断させた。


「もう今度こそ絶対別れてやる!」


 あまりにも予想通りなその言葉を聞いて私は内心で(またか)と深いため息を吐いた。 もちろん彼女がこの話を切り出すのは何もこれが初めてのことじゃないからだ。 私が知る限り一週間に一度…いや、もしかしたら三日に一度くらいはそう漏らしている気がする。 最初のうちはもちろん親身に話を聞いていた私だけど、こう頻繁に同じ話がぐるぐる続くと、 好きなら好きでもう仁王くんの全部を受け入れてあげるか、いっそのこと見限ってしまうかどっちかにすればいいのにーと思ってしまうんだけど、 これってやっぱり冷たい? でも、言ってもしょうがないことだと思うんだよね。


「確実仁王の好きよりあたしの好きのが断然多いし」
「そんな好きなら別れてもツライだけだって」
「でも! 今の状態続けてもさ〜…」
「一度話してみなって」


 そういうと、でも、と言葉を詰らせる。
 その先に続く台詞は容易に想像できる。


 ―――嫌われるのがこわい


 結局どんなに浮気されたって冷たくされたって彼女は仁王くんのことが好きでしょうがないのだ。 好きだから、仁王くんの前では言いたいことの半分も言えなくて、自分をよく見せようと頑張ってしまうから、 こんなに疲れちゃうんだと思う。これって幸せなのかな。たとえ好きな人と一緒にいられても幸せを感じることってできないのかな。 不安で苦しくてしょうがなくても、やっぱり仁王くんを好きだと思ってしまうのだろうか。…そんなことを考えていたらなんだか私まで切なくなってきた。




「あ、ごめん。あたしちょっとトイレ」


 ずーんと二人して暗くしてしまった重い空気を壊したのは彼女のそんな一言だった。なんで人間ってどんなに落ち込んでいるときでも生理現象がおきるんだろうね、なんて笑いながら席を立って。 私は机の上に散らばっているお菓子をぽりぽりと口に含みながら、ひらひらと手を振った。

 静寂な空気が流れる。その中で私は仁王くんについて考える。
 確かに顔立ちはかっこいい。というより綺麗。あの美形揃いのテニス部のレギュラーだし運動までできる。 なのに体育会系とはとても思えないあの気だるい雰囲気。でも冗談も言ったり。なんかこう洗練されてる気がする。いろんな意味で。 彼女がいる。ころころ変わる。そして不特定多数もいる。話を聞く限りやっていることは彼女も不特定多数も変わらない気がする。来るもの拒まず去るもの追わず、らしい? ってことはまず女の子がよってくわけなんだよね。……そんなにいっぱい? うーーーーーん。


「そんないい男かなぁ〜」
「誰の話?」
「え、だからにぉ、ってぎゃあ!!」


 独り言のつもりでつぶやいた言葉に(ていうか教室には私しかいなかったし!)反応が返ってきたことに驚いてちらりと見やれば、 そこには今一番会っちゃいけない噂の的、仁王くんがいた。思わず叫ぶ。固まる。混乱する。

 なんだってこんなとこに仁王くんがいるの!?


「何でそんな驚くん?」
「いやー…あはは、や、だって急に現れるから」
「ほー」


 焦っちゃって引きつり笑いしかできない自分が憎らしい。
 明らかに怪しい。きっとこの人のことだから、自分のことを言っていたのだと容易に想像できるだろう。 もうやだほんとに恥ずかしい。というより気まずい。これだったらまだ「仁王くんってほんとかっこいいよね!」的なことを聞かれていた 方がよっぽどマシだ。言及されたらどうしよう。うまく取り繕える自信がない。
 ……もうどんなにわざとらしくってもこのまま話を反らしてしまおう。
 そう思ってぱっと仁王くんの方に向き合った途端、意外なことに仁王くんの口がゆっくりと開いた。


「アイツおらん?」


 仁王くんのその言葉を聞いて私はすぐにあぁと合点がいった。
 自分のクラスでもない、もうすっかり人気がなくなってしまった教室にわざわざ現れるのは。きっと。


「今トイレ行ってるからすぐ戻ってくると思うよ」


 ―――あの子を迎えにきてあげたんだね。


「ふーん」
「ほんとにたった今だったんだよね」
「へぇ」

 そう言って仁王くんはごく自然に、私の目の前の、さっきまで彼女が座っていた席についた。思いのほか距離が近くって私は思わず身構えてしまったんだけど、 仁王くんはそんなことは特に気にせず、机の上に散らばっているお菓子の山から、アポロを選んでそのまま口に入れる。 私は思わず「あ、」と声を漏らす。それに気づいた仁王くんと視線がかち合う。不思議そうな瞳をしている。


「あ、もしかしてこれさんのやった?」
「あ、いや、」
「いつもこればっか食うとるからアイツのだと思ったんじゃけど」


 ………うっわぁ。
 本人はきっと何の自覚もなくて。さらりと言った言葉。
 だけどそんな当たり前のように言える人ってどれくらいいるんだろう。


「……うん、そうだよ」


 どうせあたしに関心ない、なんて言ってたけど、 仁王くんちゃんと見ていてくれてるじゃない。 好きなお菓子なんかわざわざ覚えてくれてないと思うよ。
 なんだもう、ほんとなーんだ。


「何笑っとん?」
「ううん、なんでもない」


 なんだかすっかり幸せのおすそ分けをしてもらったようで気分がよくなった私は、 そのままつい調子にのってとんでもない一言を仁王くんにぶつけてしまう。
 本当はずっとずっと気になってしょうがなかったことだ。


「仁王くんって本当にのこと好きなの?」


 案の定、私の言葉に仁王くんは少し驚いて。
 私はやっぱり聞いちゃいけなかったかなぁって少し心配したんだけど。
 でもすぐふって笑って。思いのほか愛しそうな、その表情で。


「まーたアイツさんに愚痴ってたんか」


 優しい瞳で、そう、零した。
 その瞳だけで。その声だけで。
 もう、続きは聞かなくたってわかる気がした。
 だけどこんなのは序の口で。


「…まぁでもそれは仁王くんの行動がね?」
「うん」
「……自覚あるんですね」


 少しは大切にしてあげてよ。
 そう言葉は続くはずだった。
 だけどそれは仁王くんによって遮られた。
 子どもみたいに、ニッて笑って、
 この酷い人なんて言ったと思う?





















 不意に仁王くんが視線をドアの方に向けた。
 その先を見やると、ムスッとした表情の彼女がいた。
 仁王くんがおいで、とひらひら手を振っても彼女はそこから動かない。
 私は仁王くんの話を聞いて勝手にもう二人は仲直りしたと思っていたんだけど、
 そういえばまだ何も解決していなかったことを思い出す。
 私がいたんじゃ二人の話ができないよね、と思って私はそのまま荷物をまとめて
「じゃぁ先に帰るね」と彼女に声をかけた。けれど。


「えっやだ!」


 横を通り過ぎようとしたらすぐに腕をつかまれてしまって身動きがとれなくなる。
 …気持ちはわからないでもないけど私としては彼女が心配している展開になることはありえないんだから、 さっさと仲直りしてほしい、という気持ちの方が強くって。そのままぎゅうっと私の腕にしがみ付く彼女を尻目に、 仁王くんにSOSを出した。仁王くんはやっぱり何処か愉しそうに笑っている。
 ……せーかくわっるぅ……


ー」


 気だるそうに立ち上がって彼女(と私)のところに来た仁王くんは、優しい声で彼女を呼んだ。 そして1回髪をなでて、そのまま肩を抱いて私から彼女を引き剥がす。当然彼女は抵抗するけど、 、と仁王くんがもう一度名前を呼んだら途端に大人しくなった。その様子を見て満足げに微笑んだ仁王くんは、私の方に視線をよこして、 「すまんかったの」といいながら人差し指を唇に当てた。
 ……さっきの話は言うなってことですか。

 私としては仁王くんの気持ちがわからなくて不安な彼女に、今日の出来事を教えてあげたくてたまらないんだけど。 だけど。でも。
 ……実はこんなに大切にされているんだから、自分で気づいたっていいよね?
 手をつないで帰る二人の幸せそうな後姿を見ながらついついそんな意地悪な私になっちゃうのも、まぁ、しょーがないことだと思うんです。



















 ―――だって怒った顔可愛いんよね


 仁王くんのあの悪い癖の裏には実はそんな理由が隠されている。
 ほんの少しでいいから、私だけの秘密にさせてね。