今まで、好きだとか嫌いだとかそんなに深くこの気持ちを考えたことなんか一度もなくて ただただ、幼い子供みたいな気持ちで、一緒に笑ってたいな、って。 願わくはこの関係がずっと続けばいいのに、って。そんな風に思ってた。 ―――どこからが恋だなんて、わたしにはわからない。 キミとボクの片思い戦争 「ってさ、跡部くんのこと好きなの?」 お昼休み。クラスの仲良い子数人で中庭の真ん中を陣取ってお弁当を食べていたら、友達のちゃんがよいしょと姿勢を私の方に向き直して言い放った。……またこの話題かいやだなぁ。 「あ、それホント気になるよね」 「いい加減も白状しちゃえばいいのよ」 「ねえ? 隠すことないのにさあ。相手が跡部くんなら気持ちわかるけど」 「確かに。ファン怖いもん」 「で、さあ」 私のことなんて構わず続けられる会話に、思わずため息の一つも零れてしまう。 なんだってみんなすぐそうやって繋げたがるのかなぁ。別にいいじゃんね。どうでも。 (確かに跡部ファンは怖いけど) 「「、あんた跡部くんのこと好きなんでしょ?」」 まるで仕組んだように重なった二人の声に私はいつものようにううんと首を横に振る。いい加減、否定するのも疲れます。そろそろ察して欲しいなぁ、と思うのは私の我侭なんでしょうか。 「好きじゃないよ、全然」 はっきりきっぱり口にした。けれど次の瞬間に決まって聞こえてくるのは、うそでしょー?!って大きい叫び声である。今月に入って何回この話題が出たんだろう、と目の前で胡散臭そうな顔つきをする二人を見つめながら考えてみた。私の覚えてる限りでも、軽く10回は越してる気がします。 「ウソじゃないって。跡部でしょ? 有り得ない有り得ない」 「えー、でもって跡部くんと異常に仲良くない?」 「そーそー、跡部くんって近寄りがたいのにさー、とはよく喋るじゃん」 「席隣だもん。そりゃ喋るっしょ?」 「いや、あたしは前隣だったけどほとんど喋らなかった!」 「それはちゃんが意識してるからだよー。あいつ全然普通だよ?」 「……跡部くんを普通って言いきれるのはこの学園でだけだと思うよ」 「うん。わたしもそう思う」 次々とまるで私を非難するように発された言葉に私はうーんと唸りながら考え込む。 跡部。跡部。跡部景吾。先月の席替えで隣になった、あいつ。跡部。跡部か。 そりゃ、彼を普通だと形容するのは少しばかり(いや、もしかして大分?)マズイのかもしれないけど、私にとって跡部は普通以外の何物でもないのだから仕方ない。跡部は確かにそんじょそこらのアイドルよりもずーっと美形だし、何やら女子の注目も集めに集めてるテニス部の部長だったりするし(しかも全国区のプレーヤーだっていうんだから詐欺だよね)、成績だってトップクラス。でも、私にとって跡部は普通なんだ。ユージョアルだよ。 「だって跡部くんってマジかっこいいじゃん! 足長いし! 顔をいいしスタイルもいいのよぉ! オマケに頭も!」 「うんうん、あと、あのテニス部の部長だし」 「あーあたしこの前試合見に行ったよ! やばかった惚れそうになった!」 「うわ、ずるい! てゆうか、もう惚れてるんじゃないの!?」 「バッカねー、実りのない恋はしないのよ、あたしは!」 「あー、なるほど。確かに跡部くんって鑑賞用かも。ちょっと怖いしね」 (―――怖い?) (怖い。怖い。こわいって) ( 跡 部 が !? ) 「………………どこが?」 私の持つ跡部のイメージとちゃん達のそれとが激しく違うことに私は違和感を覚えて、頭に芽生えた疑問を口にした。先ほどからずっと同じ人間のことを話しているはずなのに、どうしてこうも食い違っているんだろう。いい加減可笑しい気がするのは私の気のせいだろうか。 「特に優しいとも思わないけど、…怖くもなくね?」 「えー怖いよ! 凡人とは違うオーラを感じるもん」 「…そうかなぁ。だってあいつこの前くだらねえとか言いながらいちご100%読んでたよ」 「うそ!? 跡部くんでも漫画読むんだ! わー意外!!」 「(だからその反応はおかしくないですか)(普通漫画くらい読むでしょ!?)」 「へー…、可愛いトコあるんだねえ。やだ、ときめく…!」 「(と き め く の !?)(いちごだよ!?)(パンツだよ!?)」 「うん。なんか跡部くんってトイレも行かないイメージだもん」 「あはははわかるわかる! 駅の公衆便所とか絶対使わないよね!」 「やだー、使ってたら泣くー!」 「(……使わなそうだけど、トイレくらい行くんじゃないですか…?)(人間だよ彼も!)」 きゃぁきゃぁと楽しそうに跡部話に華を咲かせる二人を尻目に、私はお弁当の卵焼きをぐさりとフォークで刺した。うちの卵焼きは美味しい。みんな卵焼きには砂糖だとか言うけど、甘い卵焼きなんて邪道だよ。 やっぱり塩味だよね〜と、私は幸せ気分で卵焼きを頬張っていたら、がしりとちゃんに腕を捕まれた。その反動で思わずゴホゴホと咳こんでしまう。む、むせた…!(私を殺す気ですか、ちゃん!) 「とにかく、ぜーーったい跡部くん脈ありだから頑張ってモノにして!」 ―――――――――はあ? 「そんでさ、跡部くんとあんたがカレカノになったら鳳くん紹介して……!」 「あ、わたしは忍足くんがいいなぁ。滝くんでも可!」 ――――――――それってさ……、もしかしなくても。 「………何それ、そーゆー魂胆なわけ?」 「「うん」」 ―――――――だから最近しつこく私と跡部のこと聞いてきたのか……。 なんだかすごーく疲れてしまって、私はお茶と一緒に数々の文句とついでにため息を飲みこんだ。 みんな騙されてるっていうかなんていうか。跡部に夢を持ちすぎなのよ。(あいつそんなにイイ男か?) 「おい、」 予鈴が鳴って慌てて教室に戻ってきたら、さっきまでの話題の中心人物、跡部景吾に話しかけられた。 隣ではちゃん達が、やっぱりね〜と言うように意味ありげに笑みを浮かべてる。…正直、窮屈だ。他の男子と喋ってても今まで何も言われたことなかったのに、どうして跡部だとこうも過剰に反応されるんだろう。本気で疑問です。差別はダメだよ。 「何ですか跡部くん」 「てめえに"くん"とか呼ばれるとキモい」 「あっそごめんね自分でもキモいと思ったさ。んで、用件は?」 「あー…、俺ら、放課後残りだとよ」 「……は?! なんで!?」 「知らねーよ。担任に聞け」 「嫌だーマジで嫌なんだけど! 私ばっくれるから!」 「殺すぞ」 「跡部に殺されるほどヤワじゃないもーん」 私の言葉に跡部はこめかみの辺りを微妙に引きつらせて、逃げんなよ、とだけ言ってそのまま席についた。逃げるなと言われても逃げたくて逃げたくて仕方がない。だって放課後ですよ。別に予定なんか入っちゃいないけど(ビバ帰宅部)、やっぱりゆっくりしたいじゃないですか。何が悲しくてわざわざ学校なんかに残らなきゃいけないんだ。っていうか、お説教だったらどうしよう…!(あ、でも成績優秀な跡部がいるからそれはないか) 私が猛烈にブルーなオーラを出しながら、肩をがっくりと落としていると、後ろからは場違いなピンクな声。…あー、またネタにされる……。(がっくり再び) 「んもう! ほんとと跡部くんって良い感じなんだからっ!」 「いいないいな、放課後跡部くんと二人きり? 担任邪魔だけどさ!」 「………じゃあ、代わる?」 っていうより、むしろ代わってください。 私は早く家に帰っておやつ食べたいんです。 「なーに言ってるのよ! チャンスじゃない! 頑張ってね!」 私の切実な願いはとても簡単に却下されて、おまけにばしんと背中を思いっきり叩かれた。 ……なんか、やっぱりついてない。跡部は悪くない。全然悪くないけど。 だ け ど。 私の隣が跡部じゃなかったら…! そう思わずにはいられません。あー、憂鬱だ……。 * * * 「有り得なくない、これ?」 「有り得ねえな」 「紙多すぎじゃないですか…! もー、疲れた!」 「………はぁ」 「跡部のせいだ」 「何でだよ」 「だって跡部が担任にうっかり頼まれるから」 「俺だって好きで頼まれたわけじゃねえよ」 「断れば良かったのよ跡部が」 「んじゃ、てめえ今から断って来い」 「…………」 そして放課後。HR終了と同時に逃げ出そうと作戦を立てていたものの、跡部が隣の席だったことと呼び出してきたのが他でもない担任だったことから、私はあっけなく身柄を拘束されてしまった。 びくびくしながら担任の促す先へ行くと、そこは視聴覚室。教室よりも大きい長机には、―――紙紙紙。整理なんてこれっぽっちもされてなくて、ぐしゃぐしゃに散らばった書類が並べてあった。 『悪いけど、これ種類ごとにわけてホチキスでとめていって。全部で20部程度だからすぐ終わるだろ?』 『……何で俺達なんですか』 『そうだよそれに20部作るのはすぐでも分けるので体力めっちゃ使うよ先生!』 『お前らこの前掃除サボっただろ? バツだよバツ』 『重すぎるよ先生…!』 『まあ、頑張れ』 そう言って、ドアをピシャリと軽快に閉めた担任に思わず殺意を覚えてしまった。 掃除。掃除。掃除。……たった15分ほどのそれをサボった罰が何倍にもなって返ってくるとは思ってもみなかった。ちらりと隣を見れば、跡部はチッと舌打ちをして、うざったそうに前髪を掻きあげている。 ………うーん、確かに、顔はカッコイイかもしれないけど……? 仕方なしにとりあえず、紙の分別から取りかかったものの、私もまた、勝手に口から吐いてくるため息を止めることなどできなかった。 「なんだってこんなに錯乱してるんだろ、これ」 「日ごろからきちんと分けてねえからこんなことになんだ」 「……あー、ちょっとそれ耳に痛かった」 「お前の部屋汚そうだもんな」 「うっさい! ほっとけ跡部! 男のくせに部屋きれいなほうがキモいんだよ!」 「その図太い神経が羨ましいぜ」 「……むかつく!」 机一面に広がる書類をと分けながら、私と跡部はいつも通りの会話をする。……ほんと、この会話のどこにちゃん達は色気やら脈やらを感じるんだろう。全然普通のクラスメイトって感じなのに。 確かに跡部はあんまりクラスの女子とは喋らないけど(跡部に近づく女の子はみんな本気恋愛モードなんだとさ)(どこがいいんだか)、跡部が普通に話す唯一の女子がクラスで私くらい、というだけの理由であんな風に騒がれても困るというのが本音だ。…っていうか、跡部って私のこと女と見てない気がするのよ。私もまた然り。 (だから好きとか有り得ないと思うんだけどなぁ…) 「おい、」 「うわ、な、何!?」 「つか何ビビってんの、お前」 クッと低い笑い声。跡部の笑い方は感じ悪い。いつも思ってたけどなんていうか、人を馬鹿にしたように肩を揺らして笑うのは多分クセ。見下したような態度なんだよね。 私がムッとしてなによ、と跡部にも負けない低い声を出すと、跡部は、てめえバカだろ、ってまた私を馬鹿にしてくれた。 な ん で !(失礼だよ跡部は!) 「それ」 「は?」 「間違ってるだろ、普通に」 「……え?」 「これはこっちだっつの。バーカ」 「………あ、」 跡部が指差した先。それは私がさっきからずっと作業していたやつで。 ………どうやら、私は跡部に私的されるまでずっと分別の仕方を間違っていたらしい。全然違うところに全然違うものがある。ぺらぺらと軽く私が集めた束を捲ってみると、………ちらほらと明かに違う種類の紙が混じっていた。さ い あ く …! 「……ご、ごめん」 「マジで頭悪ィな。何でこんな簡単な区分けもできねえんだよてめえは」 「……すみません」 「って言った傍から間違ってやがるし。これはこっちだろ」 「あ、あはは…」 もう笑って誤魔化すことしかできない。 私は昔から整理整頓というのが何よりも苦手で。ただ単に分けるという短調な作業は大嫌いなのだ。(いいわけだけど) テキパキと要領よく仕事をこなす跡部を見ていたら、なんだかとても申しわけなくなってきてしまった。……もしかしてもしかしなくても、私いない方がすぐ終わるんじゃないだろうか。とかちょっと思ってみたり。マイナス思考が私を襲う。 「……いや、ごめんね、跡部」 「謝ってる暇あったら手動かせ」 「……はい」 「やけに素直じゃね?」 「いや、ちょっと申しわけなくなりまして」 「へぇ…」 いつもならここで、嫌味の一つでも飛んでくるのに今日はそれがない。 なんか変な感じがする。言葉で説明しろって言われてもそんなことはできないんだけど。 何かが違う。 「………………」 「………………」 なんだか不意に沈黙が流れてしまって、校庭の喚声がやけに大きく聞こえてきた。 微かに紙が擦れる音。たまに室内に響く、跡部の舌打ちとため息。 (…………居心地悪いな、なんか) 黙々と作業を進める跡部の横顔を見ながら、そう思った。 (顔は美形だよなぁ……) 美しく整った顔。切れ長な目に長い睫毛。肌だってその辺の女の子よりキメが細かくて綺麗だったりする。 跡部くんはカッコよくてテニスが強くて頭が良くて成績だってトップクラスな凄い人。 面識がなかった頃は私も、ちゃん達と同じようにそう思っていた。けど、テニス部の人達とじゃれる姿は同世代の男の子そのもので。なーんだやっぱ世界が違うなんて有り得ないじゃん、ってあの時初めてそう思ったの。 そして三年になってクラスが一緒になって。先月行われた席替えのあの日からちょっとずつ話すようになった。まさかこんなに気楽に話せる人だとは思わなくて、少し驚いたり、もした。だって成績良いだけで実は頭悪いんじゃないの?って思うようなことだってあった。俺様で我侭で不器用で自己中。お世辞にも性格は良いとは言えない跡部。大人びてるけど、やっぱり私は跡部を特別視なんてできないな。遠い人、って周りが勝手に思ってるだけで。実際はそうじゃない。私はそう思う。 「中々終わらないね、あーもうマジ多すぎ!」 「頭痛くなってきた。単調な作業には向いてねえんだよ」 「あ、私も!」 「てめえは頭使えねえだろ。俺とは違って」 「うわ、ひど! そんなことないっての!」 跡部の手元の束はあと数枚ほど。私はというと、軽く跡部の倍以上残ってる。 「………………つうか、」 「うん?」 「…………」 「なに?」 「―――お前好きなヤツとかいんの?」 「…………は?」 (―――――って跡部くんのこと好きなんじゃないの?) (―――――絶対脈ありだからモノにしてね!) 頭の中でぐるぐるとちゃんの言葉が回った。 待って待って。今、何言われたんだっけ。何聞かれたんだっけ。 そうだ、まだ、私こたえてない。 「いや、別にいないけど」 「……へぇ」 「うん、つか、私まだ好きな人とかできたことなくって」 「マジ?」 「え、あ、うん」 「ガキ」 「う、うるさい…!」 なんだか胸がドキドキするのは、気のせいかな。顔が熱くなってきた。 何処から恋とか、わかんない。ちゃんは私は跡部が好きだというけど。私が考える好きとちゃんが考える好きは違う意味だと思う。一緒にいて。傍にいて。たまに笑って。たまに喧嘩して。こんな風に時間を共有することは好きだけど。それは跡部に限ったことじゃない。例えば、ちゃんとかトモちゃんとか。その他の友達だってそうだし。家族だって勿論大事。好きだとか嫌いだとか、考えたことなんてなかったんだ。 ―――今までは。 「…つーか、何でてめえそんなにトロイんだよ」 「へ?」 「俺もう終わったんだけど」 「…あ、」 「ったく仕方ねぇな。貸せ」 「え?」 「半分」 「あ、ありがとう」 (って跡部くんのこと好きなんじゃないの?) ちがう。そんなことない。 恋なんて、わたしはまだ知らないもの。 跡部が無言で紙の束をとんとん、と合わせる。 集めた束をホチキスでガシャンととめながら、私はなんだか頭の中がこんがらって惚けていた。 不意に「」と呼ばれて、ビクッと体が反応してしまう。いやだ。何考えてるの。 ―――意識してるの? 「終わったか?」 「あ、うん。これで」 ガチャリと鳴ったホチキスの音が合図。 「俺は、」 「お前のこと、」 (あ、) (―――ヤバイ) 落ちる瞬間っていうのかな。 体が火照って。顔が熱くて。心臓が煩い。こんなに静かな部屋なら、気づかれてしまうんじゃないかと思うほどに。例えば、その不意に伏せたその瞳とか。さっきまでの私の気持ちとか全部居抜くような強い眼差しとか。どうしよう。これは。 「………なんでもねえ。忘れろ」 そう言った跡部は今まで見たこともないような顔をしていて。 私はその表情に胸が一弾高く高鳴ったことを感じてしまった。 もしかしたら。 この胸の煩い鼓動こそが、恋なのかもしれない。 |